阿波誌 巻之十一 那賀郡

史料 現代語訳アーカイブ

目 次

建置沿革(阿波誌 巻之十一)

儒員 臣藤原憲 輯

儒員である私、藤原憲が編纂した。

那賀郡

東は海に至り、南は海部郡に至り、西は麻殖郡の平(村)に至り、北は勝浦郡、また名東郡に至る。東西は約二十里、南北は五里または三里である。

建置沿革

海部(郡)は、昔はこの郡(那賀郡)に属し、一つの郷であった。その後、分割されて二つの郡となった。

慶長年間に、那東郡、那西郡、海部郡の三郡となった。あわせて合計十三郡である。

寛文四年、那東郡と那西郡を合併して一郡とした。

元禄年間において、村の数は八十八であった。現在は分かれて百四十二(村)となっている。

郷名

古蹟

戸口(寛政期)

総計:一万千七百十二戸、四万七千六百三十口

雑戸:百二十四戸、五百六十九口

各村の戸数・人口

加茂、吉井、楠根、深瀬、十八女、水井、大井、細野(数値の記載なし)

入野(数値の記載なし)

山川

氏族

租税(元禄期)

総計:四万二千百八十二石九斗三升一合

実高(元禄):五万八千四百三十五石三斗九升七勺三撮

各村の石高と採地(知行地)の状況

村里

塚墓

土産

土田

総計:五千八百二十八町六畝三十三歩八厘一毛

各村の田畑の面積(水陸田合計)

佛刹

祠廟

荘名

五箇荘

竹原荘