阿波歴史史料集

『住友家記録』史料解題および現代語訳

阿波山間部の在地権力と修験ネットワークの深層

本ページに掲載する記録は、山川町川田天神の住友嘉七郎家に保存されてきた『西川田村庄屋記録』の解題と現代語訳です。作成にあたっては、桒原定男氏の先行研究であるご著書『住友家記録』を主要な参考文献として拝読し、独自の解釈と整理を加えてまとめました。

蜂須賀家との深い関わりや忌部公事の裏の立役者。住友家は庄屋でありながら有名な相撲取りでもあった。柳生で他流試合をして勝った等、単に農村の庄屋ではなかったことがわかる。藩主の鷹狩から高越寺の住職が観音寺からやってきた等、読めば読むほど面白い。

1. 史料の背景と系譜に関する記録

本史料『住友家記録』は、現在の徳島県吉野川市山川町字西川田に土着し、近世阿波における物流と在地権力の中核を担った住友家(嘉七郎家)に伝来した第一級の庄屋文書である。 同家の本質は、単なる一村の行政官僚(村役人)ではない。天正13年(1585年)の蜂須賀家政による阿波入国時、大粟山の在地勢力らが新体制に反発して不穏な動きを見せた際、住友家は即座に調停へと乗り出し、事態を平和裏に鎮撫した。この迅速な政治的対応は、彼らが蜂須賀氏入国以前から、周辺の修験者や山の民のネットワークに対して強い影響力を持つ強力な「在地土豪」であった事実を如実に物語っている。この危機管理の功績により、住友家は旧来の所領を安堵された上で正式に庄屋役に任じられ、新領主たる蜂須賀氏との間に強固な政治的同盟関係を構築することに成功した。天正18年(1590年)、家政が三好郡巡視の途上で同家を昼食の休所として利用したという記録は、単なる名誉ではなく、両者の密接な結びつきと、住友家が吉野川流域の水陸交通の要衝を完全に掌握していたことを示す象徴的な出来事である。
その後、徳島藩は西川田の500石を尾張以来の功臣である樋口内蔵助に、東川田の500石を長谷川伊豆にそれぞれ知行地として宛行った。この藩の領地再編に対し、住友家は嫡孫が東川田の管理を担い、二代目庄屋・彦兵衛の弟である五郎右衛門が西川田の庄屋職に就くという、極めて戦略的な一族の配置を行っている。 この東西川田の分割管理体制こそが、単なる農村支配を超えた「在地インフラの総合支配」の出発点であった。住友家は、藩の軍事・行政を担う重臣(長谷川家・樋口家)の給地を実務面から支えることで彼らと深く結びつき、同時に高越山修験の大旦那として阿波山間部の実体経済(林業や和紙生産)をコントロールしていくことになる。のちの「忌部公事」において、彼らが背後で強大な影響力を発揮できた理由は、この蜂須賀氏入国直後に築き上げられた、したたかで強靭な権力基盤の確立過程の中にすでに用意されていたのである。

西川田・住友家 系譜

本記録は、第3代・五郎右衛門正春から、第4代・五助正高、第5代・治五右衛門正輔、第6代・嘉七郎正武に至る4代の庄屋が、天正元年(1573)から安永5年(1776)までの約240年間にわたる事象を書き継いだものである。川田特産の生漉(きずき)半紙を二つ折りにした全534枚の帳面には、一族の記憶を子孫へ残すという私的な備忘録の体裁をとりながらも、在地支配の生々しい実態が草書体で克明に記されている。なお、慶安元年(1648)以前の事象については後年に一括して遡って編纂されたと推測されるが、それは彼らが自らの権力基盤のルーツを再確認し、正統性を確立するための作業でもあったと考えられる。 記載内容は、藩主の生没や家督相続、参勤交代といった政治的動向から、洪水や堤防決壊といった治水問題、さらには高越寺をはじめとする社寺関係や近隣庄屋の吉凶まで極めて多岐にわたる。ここで極めて重要なのは、高越寺などの宗教勢力に関する詳細な記述が、単なる信仰の記録ではないという点である。これらは、住友家が高越山修験の大旦那として振る舞い、阿波山間部のネットワークを経済的に支配していた証左に他ならない。本記録からは、同じく川田を拠点とする早雲家(中川家)との強固な結びつきや、彼らが「忌部大社」の由緒をめぐって他村と激しく争った「忌部公事」において、住友家がいかに背後から資金(酒代など)を提供し、戦略的な後援を行っていたかが読み取れる。住友家にとって、早雲家をはじめとする修験・神職のネットワークを保護し、同時に吉野川の治水や堤防を管理することは、山の資源(和紙や木材)を下流へ運ぶための絶対的な生命線であったのである。 また特筆すべき点として、第3の筆者である第5代・治五右衛門は「一本」の四股名を持つ力士でもあった。彼が記した豊富な相撲興行の記録は、当時の相撲の実態を全国的な視野から把握できる貴重な史料であると同時に、住友家が単なる一村の庄屋という枠を超え、広範な人の移動や興行ネットワークをも掌握し得る規格外の在地実力者であったことを雄弁に物語っている。

2. 年代記:天正期から寛永期にかけての全記録

3. 年代記:寛保期から宝暦期にかけての全記録

4. 年代記:安永期の記録

5. (付記)高越寺歴代住職に関する記述

原典史料には、忌部公事や在地権力と密接に関わった高越寺の歴代住職の動向についても言及が存在する。

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